最高裁判所第一小法廷 昭和39年(行ツ)47号 判決 1970年7月16日
上告人 福島税務署長
訴訟代理人 朝山崇 外三名
被上告人 破産者 昭和化学工業株式会社
破産管財人 片岡政雄 外一名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人朝山崇、同柳川一治の上告理由について
所論は、要するに、破産宣告後は新らたな国税滞納処分としての差押はできないから、本件差押処分は取消を免れないとした原判決には、破産法四九条、七一条、国税徴収法四七条等の規定の解釈、適用を誤つた違法がある、という。
原判決(その引用する一審判決を合む。以下同じ。)の適法に確定したところによれば、本件破産者は昭和二八年一月一六日午前一〇時福島地方裁判所において破産宣告を受けた者であるところ、右破産者はすでに右宣告前国税金を滞納しており、上告人は破産宣告後右国税金につき交付要求をしたが、被上告人らは財産を有しながら僅少の額を納付したのみでその余の額の納付をしないため、上告人は、昭和三六年一月一三日、国税債権五九万八九四〇円の徴収を目的として、被上告人片岡政雄が破産管財事務に基づき訴外労働金庫に寄託していた満期日を昭和三七年六月二一日とする定期預金六〇万円の返還請求権の差押処分をした、というのである。
おもうに、破産法四七条二号の規定によれば、国税徴収法または国税徴収の例により徴収することを得べき請求権(ただし、破産宣告後の原因に基づく請求権は破産財団に関して生じたものに限る。)は財団債権とされており、したがつて破産宣告前の原因に基づく右のごとき請求権も、破産宣告後すべて財団債権となるところ、破産法七一条一項は、破産財団に属する財産に対し、国税徴収法または国税徴収の例による滞納処分をした場合においては、破産の宣告はその処分の続行を防げない旨定めており、右規定は、破産宣告前の滞納処分は破産宣告後も続行することができる旨をとくに定める趣旨に出たものであり、したがつて、破産宣告後に新らたに滞納処分をすることは許されないことをも意味するものと解するのが相当である。また、破産法、国税徴収法等の関係法令において、財団債権たる国税債権をもつて、破産財団に属する財産に対し、滞納処分をすることができる旨を定めた明文の規定も存しない。それゆえ、前記四七条二号に定める請求権にあたる国税債権をもつて、破産宣告後新らたに滞納処分をすることは許されないというべきである。
所論は、破産法四九条、国税徴収法四七条は右のような滞納処分を許す根拠規定ということができると主張する。元来、破産法による破産手続は、債務者の総財産を資料とし、積極財産の不足を前提に、消極財産の充足を主眼とし、かつ、総債権者の公平な満足を実現する清算のための包括的強制執行手続であり、そのため、破産者が破産宣告時において有する一切の財産は破産財団となり、破産宣告前の原因にもとづく財産上の請求権たる破産債権は破産手続によらなければ行なうことができず、破産宣告後はこれらの債権による個別的強制執行を許さないことを建前としている。そして、破産法の関係規定によれば、このような破産手続のために、裁判所は破産管財人を選任し、破産管財人は、破産財団の管理、処分の権利を専有し、裁判所の監督を受け、債権者集会等の意見を尊重しつつも、独自の判断と責任のもとに、破産財団の構成、財産の換価、破産債権の調査、配当計画の立案、実施、その他、財団に関する訴訟、否認権行使による財団の増加等の諸事務を遂行するのであつて、このことに徴すれば、破産法は破産管財人をもつて破産手続遂行のための中心的な機関とし、その広い裁量と責任の下に手続の円滑な進行を期し、もつて、その目的の達成をはかつているということができる。ところで、所論の指摘する破産法四九条は、財団債権は破産手続によらずして随時弁済する旨を定め、また、同法五〇条は、財団債権は破産財団によりまずこれを弁済する旨を定めている。これによれば、財団債権は、一般的には、破産手続の遂行上破産財団の負担に帰すべき共同の利益のために生じた債務であるところから、破産債権の行使につき要求される諸手続を経ることを要せず、直接、破産管財人に対しその弁済を請求することができ、破産管財人は、破産手続とは別に、これを破産財団に属する財産から支払うこととして、財団債権を保護しているものと解せられるが、前述した破産手続の性質および破産管財人の地位、権限にかんがみれば、破産法は、破産管財人に対し、財団債権について、破産手続の進行に応じ、その合理的判断に基づき適正迅速な弁済をすることを期待しているということができる。したがつて、同法四七条二号に定める請求権は、その公益的性質からしてとくに財団債権とされたものではあるが、これらの請求権に対する弁済は、破産管財人の判断に基づいて行なわるべきものであり、同法四九条、五〇条の規定がこれら請求権について滞納処分を許したものと解するのは相当ではない。さらに、所論の指摘する国税徴収法四七条は、所定の場合には徴収職員は滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない旨規定しているが、これと関連する同法および国税通則法の諸規定をも併せ考えれば、右四七条は、徴収職員が差押をしなければならない場合を一般的に定めたものにすぎず、とくに、破産手続において財団債権たる国税債権をもつて破産宣告後に新らたに滞納処分を許したものと解することはできない。このような債権については、国税徴収法の定めるところにより、交付要求をすることができるにとどまり、仮りに、破産管財人の措置を不服とするときは裁判所の監督権の発効を促すべく、また、場合により、破産管財人に対し損害賠償責任を問う方途を講ずべきものである。
以上の次第で、原判決が本件差押処分を取消すべきものとした判断は正当として首肯することができ、所論は、ひつきよう前記説示と異なる見解に立脚するものというべく、原判決には所論の違法は存しない。
論旨はすべて理由がなく、採用することはできない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)
上告理由書
原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな破産法及び国税徴収法の解釈適用の誤りがある。すなわち、原判決は、破産宣告後は新たな国税滞納処分としての差押をなしえないから、本件差押処分は取消を免れないと判示されるが、これは破産法及び国税徴収法の解釈を誤つたものである。
第一、破産法第四九条および第五〇条の趣旨は、これを同法第五一条及び第二八六条の規定とあわせて考えると財団債権が破産管財人に知られている限り、その弁済は破産債権の配当手続によらず、同手続に優先して、かつ、同法五一条一項本文の例外的場合を除き破産財団の額を顧慮することなく順次支払うべき旨を規定したものであり、最後の配当以前の時点において破産管財人に財団債権に対する任意弁済を拒否する権能を認めたのでもなければ、中間配当後破産財団に残存した財産の範囲においてのみこれを財団債権の弁済に当てるが如き恣意を認めたものでもない。財団債権が破産財団に属する財産に対し強制執行をなしうるのは財団債権の随時かつ優先的弁済の原則の当然の帰結である。
原判決は、財団債権が破産財団に属する財産に対し強制執行をなしうるのは破産法第七一条一項の如き特別の定めがある場合に限るとされる。しかし破産宣告後も滞納処分を続行できることは破産債権についての強制執行が破産宣告によつて失効することを規定した破産法七〇条一項の反面解釈上も明らかであつて、同法七一条一項は他の財団債権が、原則として破産宣告後に生じた債権であること、又び破産宣告前に生じた債権でしかも財団債権とされるものであつても、破産宣告前から強制執行が行われていることを予想される債権がないことから、特に滞納処分についてのみ破産宣告後これを続行できることを規定したのであり、さらには破産宣告によつて、破産財団の管理及び処分権限が破産管財人に専属し、破産者はこれらの権限を失うことにかんがみ、破産宣告後もなお滞納処分の相手方を破産管財人に変更することなく、従前通り破産者を相手方として滞納処分を続行できるとしたことに特に同法条の規定をおいた意味があるとみるべきである。
したがつて、破産法七一条一項の反面解釈が成立つ余地はないものと考える。
原判示は破産法の解釈を誤つたものといわねばならない。
第二、原判決は国税徴収法第四七条一項の規定は破産手続を含む他の強制換価手続と競合した場合までをも予想して規定したものとは解しえないとされる。しかし国税徴収法第四七条一項の規定はまさに国税債権の行使に関する特別規定であり、財団所属財産に対する強制執行を財団債権一般について肯定すると否とにかかわらず、少くとも国税債権に関する限りこれが執行をなしうる根拠にほかならないと考える。
国税徴収法第四七条一項二号は国税通則法第三七条一項を、国税通則法第三七条一項一号は同第三八条一項を、また国税徴収法第四七条二号は国税通則法第三八条一項をそれぞれ引用しており、これを破産手続との競合についてみれば納税者の財産につき破産手続が開始され、納付すべき税額の確定した国税で未だその納期限の未到来であるものについては納期限を繰り上げ請求し、該請求期限までにこれを完納しないときに滞納者の財産を差押えるべきものであり(国税徴収法四七条一項二号)、納期限の到来した国税について督促状を発した日から一〇日間内に滞納者に破産手続が開始した場合には右同様差押えるべきものであり(同条二項)、また督促後一〇日間を経過しても完納しない滞納者について破産手続の開始の有無を問わず右同様差押えるべきものとするのが同条一項一号の規定である(蓋し督促後一〇日を経過した国税を右期限未到来の国税及び繰り上げ請求にかかる期限の適用をうける国税と別個に取扱うべき理由は全くないのであつて、右一号の規定は督促後一〇日を経過した国税について破産手続の開始がその後に差押をなすことを妨げない趣旨と解せられる)。
結局右四七条は単に差押義務発生時期を規定するにとどまらず、国税につきその差押適状の要件を定めるとともにその要件を満たすにいたつたときは差押がなさるべきことを明らかにしたものである。従つて右法条は滞納処分が他の強制換価手続と競合する場合を別個の規定に委ねる趣旨ではなく、右手続の競合する場合をも含めて右の趣旨を規定したものというべきであり、財団債権たる国税徴収の確保を計るため徴収職員に対し、破産財団所属の財産に対して破産宣告後新たに差押をなすことを義務づけたゆえんである。そして国税徴収法第四七条一項が他の強制換価手続との競合の場合を規定したものであるか否かはもとより同法条自体の解釈によつて決すべきものであつて滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律の存することは右法条の解釈を左右するものではない。右調整法は強制執行による差押がなされている物件についても滞納処分による差押をすることが許されることを規定するにとどまり、国税の差押適状を明らかにし、かつ差押適状にある国税について差押を義務づける右国税徴収法の規定とは規制の面を異にし、後者が前者にその規制を委ねたものではない。しかも右調整法はいうまでもなく破産手続との競合について規定しないのであるから同法が右国税徴収法第四七条一項の解釈を左右することにはならない。それゆえ右国税徴収法の規定のほかに破産手続との競合について、強制執行との競合における右調整法に相当する特段の規定が存しないことから直ちに破産手続との競合が許されないものと解することはできない。この場合に滞納処分による差押を否定することは右国税徴収法の法意を無視するものでありまた破産法自体の解釈としても当を欠くものである。(この点の詳細については一審判決添付別紙被告準備書面三、(一)、(四)ないし(六)記載のとおりであるから再論を控える。なお昭和三三年一二月八日付大蔵大臣あて「租税徴収制度調査会答申書」第十一の二(財団債権又は共益債権である租税による滞納処分)も同旨)。
第三、原判決は、一審判決の破産管財人の職務に対する破産裁判所の謙抑主義をさらにふえんされる。しかし、何故に監督権の発動は、明らかに違法配当が予見されるに拘らず、その実施をまたねばなしえないのか。違法配当実施後に発動された監督権によつてなにほどの実効を収めうるというのであろうか。また、違法配当により、交付要求にかかる国税債権が本来これに劣後すべき別除権のみならず一般破産債権にさえ優先しえなくなる結果よつて蒙るべき損害を何故にわざわざ生ぜしめたうえ、これが填補を破産管財人に対する賠償請求という不確実な迂路によらしめる必要があるであろうか。原判示はひつきよう国税債権が公益上の必要から特に財団債権として認められた優先的地位を没却するものであり、法の趣旨を全く理解しないものといわねばならない。
以上述べたとおり、原判決には破産法第四九条、第七一条及び国税徴収法第四七条の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、本件上告に及ぶ次第である。
以上